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いちご 4/2
Waterford/SM









財務省が森友学園側に口裏合わせ求めた疑い 国有地売却問題で
→NHKニュース

文書改ざん、PKO日報隠し、イラク戦争日報隠し、加計学園の認可特別扱い、
国有地・八億円の値引き、憲法違反の安保法制、担当大臣のが説明ができない共謀罪法、、、
この国は民主主義ではなく、専制国家になってしまったのだろうか。

教育勅語を推奨している政権が、教育に、道徳に手を出す。
小学校ではこの春、中学校では来春から、道徳が教科書になる。
道徳に評価をつけてゆくことは、豊な個性のある人間らしい「個人」の否定につながるおそれもある。人の心の内面にまで、教師が踏み込んでもよいのだろうか。イエスマンの大量生産、時の権力者に都合のよい人材造りに繋がるおそれはないのだろうか。


衝撃「現代社会」で扱っている「基本的人権の保障」や「平和主義」が削除
→「新高校学習指導要領の問題点」

①今回の高等学校学習指導要領は…「現代社会」を廃止…「公共」を必修科目として新設 ②背景には、この科目を高等学校における道徳教育の柱にしたいという考え ③「公共」の学習内容を見ると、現在の「現代社会」で扱っている「基本的人権の保障」や「平和主義」が削除








Date: 2018.04.09 Category: 立憲主義は政治的でせうか Comments (0) Trackbacks (0)

フキノトウ


フキノトウ 3/23
Waterford/F4





十万人死亡「東京大空襲」の翌朝、政府が何と言ったかご存知ですか(大前 治)

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/54614

これが大日本帝国の狂った基本的思想。
「国を守る」と言いながら、実際には国民を守らず、ひたすら国民を飢えさせ、天皇を頂点とした国家体制を維持するために、国民に犠牲を強いる。
空襲のため戦災孤児となった幼い命は、戦中も戦後も救済などはなく、放置される。
人間魚雷、若者に爆弾を抱かせて戦車に飛び込ませるなど、他にも無茶苦茶な戦法が数多く用いられた。
一般国民は、思想教育の末、「隣組」同士で常に監視し合い、政府に対する批判者を密告、投獄。
非国民と呼ばれたくないばかりに、いつからともなく批判などとうてい許されない時代となっていた。
金子兜太さんの学校の先輩は、批判して拷問を受け、両手の爪をすべてはがされた。
私の祖母は、本土決戦に備えて竹槍を手に、人間をつき殺すという練習をしていた。当時の国民学校では、これが普通の風景であった。
当時の政府は原爆投下後もまだ一億玉砕を唱えていたのである。

「教育勅語」、「八紘一宇」、すべて軍国主義の洗脳教育で実際に使われたスローガンである。
今、日本がやっている戦争は、侵略戦争ではない、「聖戦」だ、教師は学業そっちのけで、戦死者が出ると、「◯◯君は立派にお国のため死んだ。君たちも見習って後に続け」
そんな教育で子どもたちを戦場へ送り続けた。
日本軍は国民を守らない。
沖縄では、“軍に反抗すればこうなる”という見せしめのために、又何の根拠もないスパイ容疑(沖縄の方言を話しただけで)軍人は国民を子どもも含めて平気で殺し、先きの見えている無意味な作戦のために、生活できない孤島へ人びとを追いやり、見殺しにしたのである。
イメージの湧かない方は、今の北朝鮮を見てみよう。

そして安部首相夫人は、「教育勅語」推奨の教育に感動して「素晴らしい教育です!」などと言って、涙を流しているのである。
敗戦に至るまでの、歴史に対する(アジアを戦火に引きずり込んだ)悔恨はまるで感じられず、実際にこの教育を受けて家族が死んだひと、国家による暴力で心身に深く傷を負った国内外の膨大な人びとに対する配慮はまったく感じられないどころか、その傷口に塩を塗る行為であり、断じて許せない。
戦没者に対する慰霊と、教育勅語推奨は、「敗戦」というコンマ以降は両立し得ない。
ドイツが、戦後ナチスの歴史と向き合い、戦後国家が各地の展示施設を支援している一方、
日本国内では、加害展示の取りやめなどの、成熟した民主主義の潮流から逆行することが行われている。

真実を忘却するよう、公然と歴史教科書を書き換えて、内向き史観を工作し、日本が世界から遅れて行くのである。
遅れを感じる一つは、国内での反応の鈍さである。
海外の新聞は、戦前の国粋主義の思想を、安部夫妻が賞賛していることについて、写真付きで報道をしている。
私は、海外の機内で配られている英字新聞、台湾のホテルが選んでいる主要新聞で、数回読んだ。いずれもトップ扱いであった。特によく見られているな、と感じるのは、国粋しながらも同時に、「かつてないほどアメリカ合衆国のみへ追従していく外交姿勢」への記述が多いことである。独立の低いまま憲法を改正して自衛隊を書けば、平和憲法は死文化し、アメリカ合衆国の第二部隊となって、無制限の戦争参加への道が開ける。
シビリアンコントロールも働いていないことがわかり、戦地で何が行われているのか、メディアにすっぱ抜く力はなく、
国民の知る権利は奪われたまま、アメリカ軍に追従していくのである。

世界規模で人びとが交流できる世の中にあって、いま一人ひとりが「おかしい」と声をあげなければ、戦争の過ちから、何も学ばなかったことになってしまうだろう。








Date: 2018.03.23 Category: 立憲主義は政治的でせうか Comments (0) Trackbacks (0)

文書改ざんの衝撃


椎茸 3/13
椎茸/Waterford/F6








森友1

森友2




財務省が意図的に森友文書を改ざんしていたことが判明した。

国会に提出する資料は決裁の判子が押され、その後に文書を書き換える行為は犯罪に当たるらしい。
政治家や、首相夫人の名前はすべて削除されていた。土地取引に昭恵氏が関与していたことを、少なくとも財務省は認識していた。認識していたから消したのである。

安倍首相の手前勝手な個人的歴史観に共鳴する、「日本会議」という団体名も削除されていたというから驚きである。

第三者が安易に原因=結果として自殺の原因を決めつけることはできないが、財務省の森友学園との交渉担当の男性職員
が自殺するという、最悪の事態となった。

私が驚くのは、安倍首相と夫人の、希薄な当事者感覚である。
昨日の会見でも首相は「なぜこんなこんなことが起きたのか」と、まるで他人事の様子。
昭恵氏は、佐川国税庁長官辞任、職員自殺報道の後に、フェイスブックに来た野党批判の投稿に対して「いいね!」ボタンを押していることが判った。

昭恵氏、「野党のバカげた質問ばかり」に「いいね!」


元をたどれば、幼児に教育勅語を暗唱させるなどの異様な教育方針に賛同した昭恵氏が、この学園の名誉校長に就任したことから始まる。

教育勅語は、戦中、子どもの教育の柱となり、多くの子どもを軍国主義思想に染め上げて侵略戦争へと駆り立てた。
先月亡くなった金子兜太さん(1944年トラック島に赴く)や、私の叔父の親(フィリピンで餓死)などは、「南方第一線」の南の島に送られる。
ずさんな計画の下、水や食糧が供給されないとわかった島に、多くのひとが捨て置かれたのである。
土地の不当な値引きも、文書改ざんも非常に重要だが、首相と昭恵氏の歴史解釈の問題でもある。
戦後の出発点において、日本は侵略と敗戦の「戦争責任」を総括できていない。その結果、歴史改ざんの本が売れたり、
政治家や首相夫人までもが平気で戦前を肯定するような発言をする日本になってしまった。

戦中、教育勅語を教えていた教師たち、軍部。敗戦になって、誰が責任を取りましたか。
誰も責任を取ってなどいない。むしろ、部下に責任を押しつけ、我れ先にと逃げたではないか。そして天皇の戦争責任と引き換えに、現在の日本国憲法を受け入れた。
一億人の日本人の殆どが、戦争など早く終わってほしかったから、喜んで平和憲法を受け入れたのだ。

安倍首相の云う「美しい国」とは、戦前の天皇を頂点としたヒエラルキーの国、国家主義的な国のことである。彼の言動を注視すると、本当に天皇を崇拝しているのではなく、個人の人権などを狭めて、国がコントロールし易い様にするための、一種の道具として見ているのが感じられる。それが、矢継ぎ早に乱暴に成立させてきた、「秘密保護法」、「共謀罪」、そして何のためのものか論理的な説明のつかない、憲法違反の「集団的自衛権」、これらの法案の内容に表れている。

本当に天皇を尊敬しているのであれば、敗戦を受け入れて、それが談話にも受け継がれていなければならない。しかし、現在の自民党、特に第二次安部政権になってからは、満州事変以来の戦争の位置づけが、あからさまに、歴史改ざん的にねじ曲げられ、国民は曖昧な沈黙の中に置かれている。
外交では、かつてない程にアメリカ合衆国に追従しながら、国内では勅語を推奨するという、整合性のない政治が行われている。





国会前










Date: 2018.03.13 Category: 立憲主義は政治的でせうか Comments (0) Trackbacks (0)

スケッチ 柘榴 



ザクロ1
ザクロ2
F4/









長谷部さん
Professor Yasuo Hasebe JAPAN NATIONAL PRESS CLUB /



長谷部恭男、 石田勇治 著『ナチスの「手口」と緊急事態条項 』(集英社新書)
が発売中です。

長谷部さんのお話は、日本の現状認識がクリアにわかります。
憲法9条は、条文だけ読むと、絶対平和主義ですが、長谷部さんの解説によると、憲法の立憲主義と、一つの思想である絶対平和主義(何をされても無抵抗)は両立しません。(両立しないという指摘から導かれる現在の結論を確認しているだけで、私は絶対平和主義を否定しているのではありません)
「本当に条文そのままを守っていると、憲法で保障されている、国民の安心安全と幸福追及の権利が守れるかというと、そうではない。だから、“自衛隊”と、自国が攻撃された場合、反撃できる“個別的自衛権”が解釈(合憲である)として許されている」
これが戦後70年間日本が積み重ねてきた憲法解釈です。

自衛隊は改憲せずとも、違憲ではないのです。


この解釈を、70年、歴代内閣法制局と国会は積み重ねて来ました。多くの国民の信も得てきました。


ところが、解釈は個別的自衛権までで、ぎりぎり保つとしてきた9条解釈を、自国が攻撃されていないにもかかわらず、地球の裏側まで(地理的な制限なし)行って、軍事活動を行い、武器弾薬の補給活動まで行うという、
集団的自衛権を、確たる理由のない中(ホルムズ海峡は首相自身が後に否定、母子を乗せた船の例も想定していないとわかった)強行採決されて現在に至る。
この集団的自衛権については、与党側推薦の長谷部さん含む全員が「違憲」であるとしており、
現在も違憲のままです。

ここで自衛隊を加憲するということは、他国(アメリカ合衆国)のために、日本が戦争参加することを、追認することになります。







自民が掲げる改憲案に緊急事態条項があります。




緊急事態条項


報道している局とノータッチの局があり、内容をよく理解されないままに改憲されるおそれのある
大変危険な条文です。






緊急事態条項2




すでに災害時に対応できる「災害対策基本法」、「武力攻撃事態法」などはあるのに、一体何のために作られるのか解らないわりに、人権停止、時の政府に全権委任してしまう、強い効力のある条文です。

上図、三番目の「法律と同じ効果を持つ政令がつくれる」というのは、過去の歴史に実際あったことです。
戦前、日本が「治安維持法」の重罰化(死刑)を、非常事態宣言の下で実現させ、政府に逆らうひと、学者、ジャーナリスト、宗教家は次々に逮捕され、多くのひとを拷問、投獄死させました。当時の植民地でも数万人が検挙されました。
逆に、緊急事態宣言がなければ、治安維持法の濫用もなく、急激な全体主義の下の弾圧も、一般国民を震え上がらせるまでにならなかったかもわかりません。

六番目「衆議院の任期を延長できる」とすると、緊急事態条項が出されている間、国民に対して民意は問えません。
期間も延長すれば無制限です。








紫陽花 11/8













Date: 2017.11.08 Category: 立憲主義は政治的でせうか Comments (0) Trackbacks (0)

秋の実り



無花果 9/26
無花果/Waterford/F6









長谷部恭男 比較不能な価値の迷路
The Labyrinth of Incommensurable Values Studies in Constitutional Law and Liberal Democracy /




長谷部恭男著『比較不能な価値の迷路』。
一読してまったく理解できず、ただもの凄く奥行きのある面白い内容であることはわかった。難しくて面白くない本と、難しくて面白い本があるとすれば、長谷部さんの著書は後者である。
トライして四日目、朗読して読むと、時々詩のようにもなる。

「理性の彼方の軽やかな希望」「比べようのないもの」「囚人のディレンマ状況」「国家のために死ぬことの意味と無意味」「井上達夫教授の疑問」(目次より)——

著者は、人間社会や国家の多様性を認める所から出発し、 “個人がかけがえのないものである”、ということをくり返し冷静に確認し、
だからこそ立憲主義(世の中には色々な考え方のひとがいる、考え方や立場の違いにかかわらず、すべてのひとを個人として尊重する、フェアに扱う、という前提)に基づく法の支配に、意味があるのだということを、論理的な説得力を持って示している。


日本社会はもともと、境界があいまいな社会である。「よき妻」「優秀な従業員」とは、境界なしに頑張るひとのことをさす。日本人の自我は、個人が確立されておらず、外に開かれているということを河合隼雄は指摘した。
(歴史改ざん主義に見られるのは、戦時中の戦争指導部にまで、自我を投影しているということである。
自我が開けているため、大日本帝国にまで自我投影してしまい、戦後民主主義の世代に直接の責任はないのに、侵略の歴史を認められない)

長谷部の著書は、世界と私との関係に「法」というsave lineがあることを気づかせてくれる。
なんとなく、勇気の出る本である。














Date: 2017.11.07 Category: 立憲主義は政治的でせうか Comments (0) Trackbacks (0)
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