シーレとフランクル


Egon Schiele
エゴン・シーレ
1918年 『座っている妻の肖像』/模写





『夜と霧』で知られる、オーストリアのユダヤ系の心理学者、ヴィクトール・フランクル。(1905−97)
彼は、ユダヤ人であるというだけの理由で、ナチズムの強制収容所に送られた、六百万人に上る人びと中の一人である。

『夜と霧』を読み返せば、人間というものが、「正義」の名において、ここまでなし得る存在であるのかということに、言葉もなく、しばらく呆然となるしかない。
収容されたひとは、まず、男女問わず、衣服装身具を身ぐるみ剥がされ、真裸の後、毛を全部そられる。
「われわれはお互いに殆んど認め合うことができなかった」
そして、腕に114866などとイレズミ番号が刻印される。

一人ひとり個性のある個人から、単なる「物」へと一線を引かれる瞬間である。

読みながら思い出すのが、現在のわれわれの前に示されている「自民党憲法草案」である。
現行憲法では「すべて国民は、個人として尊重される」となっている。その「個」の部分を消して、あえて「人」
一字にしている。
この草案を作ったひとは、国民の「個人」としての尊厳を、意図的に否定しているのだ。

「個人」として生きる、ということは、すなわち、多様性を前提とする。
一つだけ、これこそが正しいのだ、という生き方が決まっているのではない、多様にひらけている道から、自分が選ぶことができる、多様な他者がいる、ということが現憲法十三条では示されている。

教育勅語を園児に斉唱させる学校の名誉校長に首相の妻がなり、防衛大臣が問題ない、と発言したことは、記憶に新しい。
(その後、「安倍首相の妻が私人である」と「閣議決定」された。この、政府に不都合なことはどんなことでも閣議決定で済ます、ということは以後定着する。教育勅語の教材使用OKも閣議決定された)


『夜と霧』日本語版では、序にて1931年の日本の満州侵略にも触れられ、歴史を知る意味の重さを、あらためて感じる。
そうして、1945年の敗戦までは、われわれ日本もが、ナチズムとファッシズムの側にいたものであることも、忘れてはならないであろう。




強制収容所から生還したフランクルは、シーレを愛し、彼の絵を生涯大切に持っていたという。
しばしば、エゴン・シーレは妻エーディト対象に描いた。












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Date: 2017.07.21 Category: 模写 Comments (0) Trackbacks (0)

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