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8/12 朝日
『戦後72年夏 戦死と向き合う』


大日本帝国の軍の過半数は餓死である。

南方から、マラリアにかかって運良く帰国した方のご家族の体験を聴いたことがある。
骨と皮で、座ることもできなかったという。水もない中、夜間は多くの死体の上を歩いて移動したという。

「我々兵隊は何を言っても通じないですよ。人間扱いされなかったのだから」
「南の島に捨てられに行ったようなもの」
体験者の言葉は、何度見聴きしても重い。


一方、当時この戦争を支持した、大臣であった岸信介はどうか。

「一九二〇年に岸信介は東京大学法学部を卒業し、農務省に入った。二六年には最初の米訪問。四一年には商工大臣として、戦争を積極的に支持した。四四年には戦局不利とみて東条追い出しを策し、戦後は戦犯として巣鴨に三年を過ごした。その間、床掃除をし、西洋の本をよみ、詩をつくった、と。そして、その詩の一つを英訳で引用する。英訳からもう一度訳しなおせば、「わが名を犠牲にしても、後世に伝えたいのは、日本が正義の聖戦をやったということだ」というのである。」(『言葉と戦車を見すえて』加藤周一)


岸信介が詩に書いた「正義の聖戦をやった日本」とは、戦争中の宣伝屋たちが宣伝した「日本」である。それは、歴史の特定の時期の、それもひどい時代の「日本」であり、自国中心の政治的イデオロギーの色彩を帯びた「日本」である。
森喜郎元首相が、日本は世界のほかの国や文化と違って、「天皇を中心とする神の国」だという国際的に大きな誤解を招きかねない悪名高いスピーチをおこなった。
彼もまた、岸信介と同じ、戦争中の「日本」の亡霊の中に居る。

(続く)






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Date: 2017.08.14 Category: 立憲主義は政治的でせうか Comments (0) Trackbacks (0)

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