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『紫のひと』


そと






松村正直さんの歌集『紫のひと』を買う。






言うことに疲れ畳の制服の息子をひろい壁にかけたり

こんなにも花咲くことのくるしくて苦しきゆえに咲くのか花は

震えながら時おり花をこぼしつつこらえていたり今日の桜は

ひりひりと桜の花の散りゆくを見ており見ているしかできなくて

そこで気を失うような空白の、ましろき滝のなかほどあたり

一度しかない人生の一度目を生きて迷えり昼のメニューに

どこへ向かう道かは見えず歩みゆくほかなし曇りのひかりにぬれて

だいじょうぶと拒むを無理に付き添いて行く病院にコスモスひかる

通帳や証書をならべ計りたり母の暮らしの残りの時間





作者の中年期と、これから向かえる老年期。「人生後半の生き方」を、桜や海、雪、滝、様々な対象物を通して見出そうとしている感じが伝わってきた。それ故か桜や滝など過ぎ去って行くものを(見ていることしかできない自分がいる)という視点で描かれている歌が多い。



四十になっても人を抱くことは もちろんあって小舟が揺れる

これは、吉川宏志の

四十になっても抱くかと問われつつお好み焼きにタレを塗る刷毛

という一首に連動した感がある。

「みずのめいろ」(『パンの耳』一号に収録)、は陶酔感のある性愛の描写が続くが、




しあわせな日々は後から気づくもの甘いひかりが草地に満ちて
亡くなった人の噂を少ししてまだふたりとも生きている夏



などに垣間見える、やがてお互いが向かえる「死」をどこか前提としている性愛であり、そう思うと青年期の性の歌とはまた違った切迫感が感じられる。



皮膚が砂に覆われてゆく、感情の薄さを君に言われるたびに


など夫婦の行き違いから方向を転じた、男女の肉体的な結合という面もあるのかもしれない。
身体の結合が争いのけりをつけてくれるのは、一般的に中年半ば頃くらいまでだろうか。このような方策が難しくなる中年以降は、作者の夫婦の歌もまた変化するのだろうと思った。



あれはいつの母の背中か次々と揚げる唐揚げつぎつぎと食う
どこへこの日々は行くのか 新緑の砂浜にひとり子供が座る


幼少の頃から日常的に見ている、台所に向かって料理している母の背中。事実を思い出しているのではなく、
自分が食べている感じまで、ありありと光景が甦ってくる。それが昔なのか今再現されていることなのか、わからないほどに。
二首目、母の認知症が進むことを、なるべく理性的に受け止めようとする歌の中に、揺れ動く孤独な気持ちの歌が混じる。




短歌研究社から、2500円。






家
青色の家/ダンボール、アクリル/












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Date: 2019.10.01 Category: わたしの部屋 Ⅱ   Comments (1) Trackbacks (0)

この記事へのコメント:

松村正直

Date2019.10.09 (水) 11:33:58

丁寧にお読みいただき、ありがとうございます。確かに、死というものを意識する年齢になってきました。

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